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暑さに満たない暖かさと寒さに満たない涼しさが交互に訪れ、普段は気温の変化に鈍い反応しか見せないナガレも、このところは一日ごとに着る服の調整にいそしんでいるらしかった。洗濯物の種類でそれと分かる。
僕はベランダに干された服の群れを眺め、ただ一点「個性に欠ける」という統一感を持ったそれらにナガレの生活を透かし見たうえ、その生活さえも「個性に欠ける」と断じた。いやしかし、と僕は自分に意見する、服から透かし見える生活に個性なんてものがあるとしたら、それはもう「制服」を見たと同義かもしれない。組織に所属するわけでもなく、特別の目的や役割も持たない僕らに「制服」は不要だ。僕らの時間はあまねく連続していて、『だからこそ』制服や髪型などという分かりやすい一貫性に頼る必要なんかない。 名前だけがあればいい――僕たちはそれで足りる。 ナガレは引っ越しをしていた。とはいえ、その移動は僕の行動にほとんどなんの影響も及ぼさない。僕らの間に地理的な条件が絡んだことは一度だってないし、これからだってない。 ばたん、という音がしたので僕は廊下を見やり、開いたドアに向けてやや大声で言った。 「何か手伝おうか?」 「いい。あ、コーヒー淹れてー」 声はあれども姿は見せず、ナガレは間延びした返事をする。 「台所入っていいのか?」 「いいよー。だいたい場所分かってるでしょ」 「了解。やっとく」 僕は承諾し、おもむろに立ち上がった。 台所に滑り込み、適当に棚を開けては適当にものを取り出し、とりあえず薬缶に水を注いでコンロにかけ、マグカップを選んだ。 そういえば、マグカップを選んだことはなかったな。 僕は棚の奥のほうにあった深いビリジアンのマグカップに触れたまま、過去を手繰ってみた。うん、僕は自分でマグカップを選んだことはない。今までずっとナガレのコントロールに乗ってきて、今初めて自分でマグカップを選んでいる。 僕はほかのマグカップにぶつけないようにビリジアンのマグカップを引き抜き、それと似た形状のマグカップを探してそれも取り出した。こちらはたまたま白だった。 インスタントコーヒーのふたを開けながら、僕は視点を逆にする。ナガレは他人が選んだマグカップでコーヒーを飲んだことがあるだろうか。あるかもしれない。ナガレを訪ねるのは僕だけではないし、ナガレが招き入れるのも僕だけではない。 濃緑と白、どちらも焦茶が似合う。 薬缶が水蒸気を吐いて沸騰を訴える。僕は薬缶の持ち手を握り、水の気化によって暴れる気泡の振動を確認してからコンロの火を止めた。 それぞれのマグカップに、正確にはそこに入ったインスタントコーヒーの粉末に湯を注ぎ、僕はふたつをまとめてテーブルに運んだ。 テーブルの中央にまとめてマグカップを置き、僕は「ナガレ」と声をかけた。 「休憩しないか? コーヒーは作った」 「行くー」 声がしてしばし、ナガレは後ろ手に髪を縛りながら廊下をわたってきた。 「手は洗えよ」 「うん」 台所で手を洗い、席についたナガレはごく自然にビリジアンのマグカップに手を伸ばした。 これで向かい合い(face to face)の完成。 more...
予感と呼ばれる現象が超常的なものでないとする理由になりそうなものはいくつかある。
例えば、いくらかの傾向を見出だすことができる場合。雨が降れば外出しない人がいるとして、今雨が降っているなら、かの人が訪ねてくることはまずない。これはシンプルな消去法にしかなっていないから、もう少し入り組んだ条件設定にしてみる。 一週間以内に雨が降り、かつ三日以内に地震があって、前日に電話で話しておらず、雨が降りそうでない程度に曇った日の午後には彼が来やすい、とか。予想する、推測できるだけの根拠がある。ただ、その根拠には根拠がない、というような。 第二の例えば。網羅的と未来予想をまき散らし、たまたま当たる場合。私の部屋に訪ねてくる人はそう多くない。変化も少ない。だから、その全員に対して「今日は来るかも」と思い、かつ「誰も来ないかも」と付け加えるだけで当たる予感の生成はおよそ完了する。宝くじを全組み合わせ買うようなものだろうか。一般に、このような買い方では大損するようになっているものだ。意味がない。 第三。そういう設定である、と認識する場合。 あの人の場合はだいたいこれだ、と私は思った。少し意識的にあの人を呼ぼうと思ったら、牛乳を買い、今ならばBGMをスガシカオにし、西尾維新でも読み耽ればいい。椅子を掃除すると成功率が少しだけ上がる。そうそう、あと大事なことは余計なものを買っておかないことだ。あの人は、自分が望まない要素があるときはここに来ないから。 このやり方はオカルト、もっと露骨に言えば召還術みたいではある。ただ、召還機能があるものなんて珍しくもなんともない。電話一本、メール一通出すのと何が違うだろう。少なくとも、あの人を呼ぶのには使えるのだから、メールするように牛乳を買ったっていい。私がしたいくつかの準備があの人に伝わっているか怪しいものだけれど、呼べるには呼べるのだから構わない。大事なのは結果なのだから。 今日は控え目なノックの音がするだろう。 …………した。聞こえた。 すばらしい。内心自分を賞賛しながら、私は玄関に立ち、ドアを開けた。 「やあ。年明け後は初めてだな。あけましておめでとう」 「おめでとうございます。あまりにも今さらですけどね」 「それでも、やって悪いということもないさ」 薄く笑みを浮かべた真瀬さんはいつもどおりあっさりした様子で言った。 それからは予定調和だ。私はカフェオレを作り、互いの前に置いた。 これで向かい合い(face to face)の完成。 more...
「ねえスイ、あれさ」
台所に立ったナガレが、思い出したように言った。脈絡のない指示語を理解できるはずもなく、僕は単純な返答をした。 「あれって?」 「スイがこないだくれた紅茶。あれ、どこで買ったの?」 「ああ、あれか。なくなったのか?」 「ううん、なくなりそう」 ぱちりという音が聞こえる。ナガレはコンロの火を消したのだろう。 「あとでアドレス送っとくよ」 「ありがと。じゃ遠慮なく使っちゃおう」 ほどなくして、テーブルの上に紅茶が二杯並べられた。 これで向かい合い(face to face)の完成。 more...
忍び足でやってきた彼女を、僕たちは盛大に驚かせた。
永瀬 「うわああああああっ!?」 ナガレ「やったー! 成功!」 スイ 「うまくいった方だな」 永瀬は僕たちをにらみつけた。 永瀬 「底意地が悪いなあ……すごくびっくりした」 ナガレ「三年連続でいたぶられたんじゃ、わりに合わないんだもん」 スイ 「僕は乗っただけ」 ナガレ「あっ、ずるい! 共犯でしょ共犯」 永瀬 「ほらほら。押し付けあいもそのへんにしときなさいな」 ナガレ「押し付けあってないよ。スイが逃げてるだけ」 スイ 「別に逃げてないぞ。本当のことを言ってるだけだ」 永瀬 「うーん……例によってというか、君たち、口達者だよねえ」 ナガレ「そういうキャラだから……って、また似通った会話になってるよ。こういうの、よくないんじゃない?」 永瀬 「いっそそういうテクニックだと思ってもらうっていうのはどうかな」 スイ 「そういうのをさぼりというんだ」 永瀬 「エコっていうことにしよう。資源に無駄がない」 ナガレ「あのね、振り絞っても減らないものはいくらでもしぼるもんでしょ。頭とか知恵ぐらい使い減りしないものはないよ?」 永瀬 「なっ……」 スイ 「なんでそんな絶句するんだ。当然だろ? いわく、『愛と知恵は与えても減らず、むしろ増えるものである』」 ナガレ「……それ、私も元ネタ知らない」 スイ 「今作った。間違ってるか?」 ナガレ「ううん。たぶん合ってる」 永瀬 「私の頭脳は減るの。もう減りまくりですよ? いい加減話の種が尽きかけてきて、更新頻度もそれで落ちてる部分があるんだから」 ナガレ「うーん、ま、確かに最近、月に一回がせいぜいだもんね」 永瀬 「個人的にはよくやってるほうだと思ってるんだけど……」 スイ 「僕はもうちょっと書けるんじゃないかと思ってる」 ナガレ「私も。結構暇だから、誰か来てほしいな」 永瀬 「ほんっと能力ないんだよ、私は。ああ、でもそれも甘えですよ、はいはい、がんばりますよ」 ナガレ「よろしーい」 スイ 「口だけで終わらないようにな」 永瀬 「そうねえ。書きたいことはそこそこあるのに、書けないってのはやっぱり怠惰なんだろうな。あとは優先順位か」 ナガレ「あ、それ言われるとちょっと切ない。結局私たちって、永瀬の中では順位低めなの?」 永瀬 「最優先ではないよ、そりゃもう。長く書いてきたし、愛着もあるから、もうしばらくは止めないけどね。ナガレはともかく、真瀬とスイは書いてて楽しいし」 ナガレ「え、そこで私が省かれるの……」 スイ 「ご愁傷様」 ナガレ「ええええ……」 スイ 「しかし、ナガレは書いててつまらないのか。意外だな」 永瀬 「別につまらないわけじゃないけど。なんというか、都合いい子なのね、ナガレって」 スイ 「……ああ、それは、分かるかもしれない」 永瀬 「どうしても主軸だからねえ。話を引っ張ってもらわないといけないぶん、こっちの意思が強く出すぎるというか。ぎこちないよね」 ナガレ「ふうん。自分じゃ分からないんだけど、そんなもんなの?」 スイ 「まあな。僕の場合、自分で話題を持ち込んだりしないから、そのへんはナガレに頼ることが多いし」 ナガレ「お土産持ってきてくれるじゃない」 スイ 「そうでもしないと話が始まらないからな。あれ、実は永瀬がくれたやつも多いんだぜ」 ナガレ「えっ、そうなの!?」 永瀬 「そーです。裏設定だよね。毎回スタートのシーンは似たりよったりだから、しんどいんだ……」 ナガレ「パターン化されてて楽なのかと思ってた」 永瀬 「冗談! 変化つけるのに精いっぱいだよ」 ナガレ「変化を求めた結果が、真瀬さんの帰還だったりする?」 永瀬 「する。と、いうか、彼も本当どうしようだよね」 スイ 「どうしようって?」 永瀬 「文字通り、どうしよう。いろいろ語ってくれるのはいいんだけど、ちょっと、しゃべり過ぎてるような気もする」 ナガレ「わ、そのセリフ、真瀬さん消されるフラグっぽい」 スイ 「お前は知り過ぎた、みたいなやつか」 永瀬 「そんなノリそんなノリ。エイプリルフールのネタとか気に入ってるんだけど、狙いが成功してるのかは作者側からは分からないわけで」 ナガレ「私は真瀬さんのこと、嫌いじゃないんだけど」 スイ 「そりゃ、お前は誰に対してでもそう言うだろ」 ナガレ「うん、言う」 スイ 「じゃ、誰でもいっしょじゃないか。別にあんなやつでなくてもさ」 ナガレ「ん。って、スイ、真瀬さんに会ったことあるの?」 スイ 「…………」 永瀬 「あるよ」 スイ 「…………うん、会った。盛大に喧嘩したけどな」 ナガレ「ええっ、それ知らない!」 スイ 「そりゃそうだろ。お前の見てないところだったんだから」 永瀬 「ナガレが見てないことは、基本的にこのblogには書かれないからね」 ナガレ「うわあ……じゃ、二人とも私に黙ってたの?」 永瀬 「ま、黙ってるでしょう、そりゃ」 スイ 「別に、言うようなことでもないだろ」 ナガレ「ん、まあ、そうかもしんないけど。ちょっと納得いかない……」 永瀬 「いずれ公開するかもね、しないかもね。しない可能性のほうが大きいかな、しゃべり過ぎてるし」 ナガレ「またそれ? 作者うざい」 永瀬 「言い返せない……」 スイ 「もうちょっと僕たち以外についての話をしたらどうだ? そしたら作者っぽい発言をしなくても済むだろ」 永瀬 「お、スイ、賢いね。それじゃ、昨年の総評とか?」 スイ 「任せる」 永瀬 「うーん。んー……」 ナガレ「放っておいたら数分でも経っちゃいそうだよ、これ」 スイ 「ナガレ、隙間を埋めてやりなよ」 ナガレ「え。はーい。じゃ、私の総評は……遊んだ! かな。しりとりとか、ジグソーパズルとか」 スイ 「ああ、そういえばあれこれやってたな」 ナガレ「一人の時間が長くなったせいかな。すごく遊んだ気がする」 スイ 「なるほど。僕は、自分でもよくお茶を淹れるようになった。それと、わりと永瀬と話した」 ナガレ「あ、そーなんだ。見えないとこでいろいろやってるのね」 スイ 「大した話をしてるわけじゃないんだけどな」 ナガレ「今度聞かせてよね。で、永瀬、言えそう?」 永瀬 「うん……まあ、ちょっと待って。えっと、そうね、今年は、見えないところでいろいろやってたかな」 ナガレ「……それ、スイが言った」 永瀬 「じゃなくて。スイにも見えないところでね。物書きとしてはたぶん相当書いたんだと思うんだけど、結局発表するフィールドもないし、その気もないし、しばらくは眠らせるんじゃないかな、と、そんな感じ。今年も書きます、もろもろ」 ナガレ「まあ適当に頑張って」 永瀬 「うん。……じゃ、帰ろうかな」 スイ 「なんだ、すぐ帰るんだな」 永瀬 「長居してもしょうがないしね。話の種も切れた」 ナガレ「スイ、どうする? スイも帰る?」 スイ 「いや、僕はもうちょっといる」 ナガレ「そっか。じゃ、永瀬、おつかれー」 永瀬 「お先に。また来年」 永瀬は片手をあげて、部屋を出ていった。 ナガレ「なんか、変なの」 スイ 「変?」 ナガレ「儀式みたいに集まってさ、三人でくだらない会話してさ、予定調和みたいだし、面白くもないのよね。無駄みたい」 スイ 「それが正月ってやつだろ」 ナガレ「そうかな」 スイ 「僕はそう思うよ」 ナガレ「ふうん。……お茶、いれよっか」 スイ 「そうだな。日本茶が飲みたい」 ナガレ「あるよ。ちょっと待ってね」 僕たちは、向かい合って座った。
会わない間にも印象は変わる。進む。深まる。
とはいえ、それが表面に出てくるのはやはり対面しているときに限られる。弧を描く点線のような。ラインは認識の中にしかない。紙の上には点しかない。映写の仕組みもまた、少しずつ異なる一枚一枚を連続して写し出すことによってスパンを表現するようになっている。時間そのものは見れない。ただ、時間にそって配された無数の点を連続して観測することで、時間らしきものを見る。 人生も、人格も。 私は、自分が驚いた理由をそんなふうに意味なく婉曲的にまとめながら呟いた。 「真瀬さんって、そんなふうに形から入る人でしたっけ?」 「妙なことを言う」 「ほぼコスプレですよ、それ」 真瀬さんはくすくすと笑って肩をすくめた。 どうやらツッコミ待ちだったらしい。それはそうだろう。コートを脱いだ真瀬さんは紛れもない正装、そもそもコートを脱ぐ以前にシルクハットが目をひく。 新作発売からあんまり日が経ってないからですかね。英国紳士どの。 「今日は紅茶にしますか?」 「やめてくれ。脱ぐよ」 「なんでまたそんな服装に?」 「供養だな。友の形見といったところだ」 「便利ですよね、その言い訳。誤解されますよ?」 私は真瀬さんにコートかけの場所を教えてから廊下を引返し、台所に立った。いつも通りに大雑把なカフェオレを作りながら、真瀬さんに話しかける。 「今日はナゾときでもするんですか」 「もちろん、そのつもりだ。ただ、既にあるナゾを解いてもしょうがない。ネタバレと揶揄されるのはごめんだしね。ナゾ成立のナゾときをするつもりだよ」 「それもまた、ありがちですよね」 私の発言には返答しないまま、真瀬さんはテーブルについて窓の外を眺めていた。コートを脱ぎ、帽子を外せば、誰かの影を彷彿とさせることもない。それでもぴしりとした雰囲気はまだ残っていた。 少しして、私は真瀬さんの前にカフェオレを置き、自分の前にはインスタントのコーヒーをブラックのまま置いた。 これで向かい合い(face to face)の完成。 more...
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